チップ・キッドと歩く神保町
Jimbocho Quest with Chip Kidd

本を愛して止まないブックデザイナー、
チップ・キッドが神保町の古書店へ。
次の仕事のヒントになりそうなもの、見つかった?
text by Akune Sawako photographs by Asai Hiromi
本を愛して止まないブックデザイナー、
チップ・キッドが神保町の古書店へ。
次の仕事のヒントになりそうなもの、見つかった?
text by Akune Sawako photographs by Asai Hiromi

ップ・キッドが今日の神保町散歩を楽しみにしてくれているらしい。

文芸フェスティバルのすべての日程が終わったその翌日、別のパネリストの取材のために、彼らが泊まるホテルに早く着いていたわたしたちは、そう聞いて少し意外な気がしていた。“わたしたち”というのは編集部のAさんとわたし。

その前日、フェスティバルもおしまいに近づいたパネルに登壇したキッドが、苛立ちを明らかにしたシーンが、わりに強い記憶として残っていた。本の未来をテーマにしたそのパネルで、既存のテキストをオンラインのユーザーが自由に書き換えていくことのできる電子書籍に話題が飛んだ途端、「こんなのテレビゲームでしょ?」と、キッドはきっぱり言ったのだ。作家に対する冒涜だし、それが自分が書いたテキストだとしたら、こんなことには使われたくない。はっきりと苛立ちが交じった表情でそう言ったものだから、パネリストの間にも会場にも緊張が走った。

一方でまだウェブ上でも見ることのできる二〇一二年のTEDでの彼のプレゼンテーションは群を抜いた面白さだった。トゥルー・プレップな装い、ユーモアたっぷりの淀みないお喋り、体をくねくねとタコのように踊らせる振り付け(?)まで出てきて、会場は大いに湧いた。底抜けに陽気で社交的な人物なのだろうと、そのプレゼンテーションだけ見ていればきっとそう思う。

でも実際のキッドの印象は、ちょっと違ったのである。気難しいというのとも違うけれど、やすやすと心を開いてくれる感じでもない。上手く言えないけれど、ひとつの質問には短いひとつの答えで返ってくるタイプ。取材相手としては、なかなか手強い。

長くなったけれどそんなわけで、彼の親しみやすい部分をあまり見ることなくフェスティバルを終えたから、きっと神保町に連れ出しての取材も気乗りしないんじゃないかな……と、けっこう気弱にわたしたちはそう思っていたのである。