伊藤 私は最近、「コンブチャ」が好きなんですよ(笑)。
平松 この前もおっしゃっていましたよね(笑)。
伊藤 コンブチャと聞くと、多くの皆さんは、昆布のお茶かと思うかもしれませんが、ぜんぜん違うんです。アメリカでコンブチャとい
うのは、いわゆる「紅茶キノコ」のことなんです。これ、モンゴルの発酵飲料らしいですよね。あと、平松さん、「マーマイト」って知っていす?
平松 マーマイト……って、確かイギリスの、パンにぬって食べるものでしたっけ?
伊藤 そうそう。ビールの醸造過程でできる酵母なんです、マーマイトって。イギリス人はみんな大衆料理みたいな感じで大好きらしいんですけれど、イギリス人以外だとふつうは「臭い!」みたいな感じで(笑)。私、食べてみたら、パンに、バターをぬって、さらにこのマーマイトをぬって食べたら、これはけっこうおいしくて。臭くておいしい、みたいなね(笑)。とにかく、「発酵食品」って、あらためてすごいんだなと最近思っていて。腐敗と発酵の紙一重、ぎりぎりのところって、すごいですよね。
平松 納豆もそうですよね。小泉武夫さん、農学者で食に関してたくさん著書のある方がいますよね。私もお話ししたことがあって、こと納豆に関しては意見が一致したんです。たとえば、納豆を冷蔵庫の片隅、奥の方に放置して、からっからになるまで放っておいてから食べるんです。私、納豆って、そもそも「賞味期限」ってないと思っていて。
伊藤 ないでしょう。あり得ませんよ(微笑)。
平松 で、私、3か月くらい置いておくんですが、すると、からっからになってアミノ酸の固まりみたくなって、それを食べるのが好き
なんです。小泉さんもそれが好きでおいしいと言っていて。ふつうにご飯にかけて食べる納豆と、からからになって白く粉がふいているようなその3か月後の納豆と、どちらも好きで。
平松 私、すごく不思議に思うことがあるんです。たとえば冷蔵庫に牛乳を長く置いておくと、腐ってしまうじゃないですか。こう、開けて、「腐っているな」ってわかりますよね。一方、同じように時間が経って「発酵しているもの」があるわけですよね。私たちって、その「違い」を一瞬でわかるじゃないですか。これは発酵、これは腐敗って。どうしてわかるんだろう?
伊藤 経験値も含めて、ぎりぎりのところの判断を私たちは常にしているんじゃないでしょうか。感覚を総動員してね。
平松 私、父がずっと寝込んで、看病していたとき、「死」についていろいろ考えていたんですね。死について考えることが面白かったんですよ。なんか不遜な言い方かもしれないけれど、でも、死についていろんなこと考えていました。「死ぬっていうのは何なんだろう?」って。「死体」にも興味があったんですね。死体というか、死骸。死んだ金魚と生きている金魚の、その違い。私は、生者と死者の違いに、ずっと若い頃から興味があったんです。それを、「発酵」というものが思い出させるというか。ほんとうに「生きている」感じでしょ、発酵って。紙一重なのに、腐敗とはまったく違うんですよね。
<つづく>
伊藤比呂美(いとう ひろみ)
詩人。1978年に第16回現代史手帖賞を受賞してデビュー。99年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、2006年『河原荒草』で第36回高見順賞、07年『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』で第15回荻原朔太郎賞、第18回紫式部文学賞を受賞。『良いおっぱい悪いおっぱい 完全版』『読み解き「般若心経」』など著書多数。最新刊『父の、生きる』。
平松洋子(ひらまつ ようこ)
エッセイスト、フード・ジャーナリスト。2006年『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。12年『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞。『サンドウィッチは銀座で』『ステーキを下町で』など著書多数。最新刊『いま教わりたい和食 銀座「馳走 そっ啄」の仕事』。